物事が動き出す音が聞こえて心地よいです。
5月末以来、ナフサ騒動からの建材納入再会のニュースを受け、
一時期の閉塞感から解放され、滞っていた流れが動き出しました。
これまでCM方式による独立創業から、ブログ記事を起点として、税込で200億円近くのビル、マンションを建設してきていますが、建築主様のために建設費を安くしながら、良い建物を引き渡そうとする信念があるか、それが伝えられるかダケなんだとは思います。
若い人で、人生を変えたいんだ!と言う人がいます。
自分の人生を変えるなんて事は、後から付随してついて来る小さな事で、社会をより良く変えようとする事、社会に対し何をしたい、相手のために何が為せるかが在ることの方が先で、それに挑戦するか、どうかだけなんです。
大きなことに立ち向かっていたら結果として人生が変わっている。
先に、自分の欲があって、その為に動いて例え金銭的な成功をしたとして生き方として美しくも素敵でもないと感じます。
どのように、変えたい!したいか!は言葉にして伝える必要が有ります。
そこで重要なのが、
媚を売るように上辺の綺麗な言葉では無く、言葉に魂が宿っているか。
それが最も重要な事だと考えます。AIには魂が無い。
AIには魂の籠った言葉は出せない。
お客様がお願いしたいのは、AIのような上っ面を撫でたような正解が欲しいのではなく、
AI以上の完全無欠な正解は当然にして持った上で、更に魂を伴った行動が出来る人です。
何事もない時も、何事かが起こった時も。
勿論、幾ら魂を込めて正しいことを書いても、全ての人には伝わりません。
批判も受ける。足りない頭・知識で勝手な解釈をする人もいます。
最初の頃は、馬鹿にする奴もいる。
私も、独立当初は、そんな事出来る訳が無いと挑戦すらして来なかった人達、理念も理想も無き人達に散々に馬鹿にされてきました。
でも、関係ありません。
俺の生き方は、こうなんだと吐いた言葉を体現して現物をみせて生きる。それが美学として昇華出来れば良い。
言葉を現実のものとなるように努力して生きる。努力して生き続ける。
やがて現物を突きつけると批判者は黙る。 黙らせる。
やがて、
この人の言って来た事は、言ってる通りだなと。
最近、無と有るを良く考えます。
理想も波風も何もない無の人生。
宇宙のビックバン以前の何も存在していない無の世界に恐怖を感じるように、無の人生には恐怖しか有りません。
波風が立って色々な事が有るから人生は輝きを増して面白い。
物事は風が有るから動き出し、セイルを目一杯に張って生きる。
世の中は、出港停止の赤旗から、白旗に変わり動き出し、その動き出した音を聞いた私もセイルに風を受けて進みだしました。
美学の有無を、良く見ていて下さい。






